フリースクール 上田学園
小高俊彦
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私の高校時代にちょっと変わった先生がいた。よく憶えているので今日はその話を書こうと思う。その先生は小さなお爺さんという感じの方で、いつもチョークで汚れた紫色の小さなジャンパーを着ていた。私は主に英文法を教わったが、授業の始めや終わりの頃に「もう君たちは英語6年生。もう英語はやんなくていいから」みたいなことをよく言った。
いつだか、授業の途中で時代劇の話になり、「みなさん、テレビでやってる時代劇で何が一番だと思いますか?」という風に話をふり、「何が一番かといえば「鬼平犯科帳」です。何故だと思いますか?」と質問してみんなが苦笑してると、「みなさん! 画面をよく見てください。お金がかかってる!」、みんな爆笑。「いやいや、みなさん。よく見れば分かります。なんでもよく見る! いいですね? え〜と、次はどこだったっけ・・・」、という調子で話をした。
年度の初めの英文法の授業では「いゆは のあろが まちいて ほむいした」みたいな文章(?)を書いて見せて、「A君、この文章の意味が分かりますか?」、「いいえ、わかりません」、「では、これは何語だと思いますか?」、「たぶん日本語?」、「そうです!! 君はこれを日本語だと思った! つまりこれが「文法」です」、という始め方で、私はなるほどと思い感心した。
一番面白かったのは、当番が前の授業の黒板を消し忘れた時のことだ。黒板は何だかよく分からない数式でうめつくされていて、他のものを書く余裕は一切無かった。先生はいつものように教室に入ってきて、黒板が消し忘れられていることなど全く気にとめてないない様子で、いつものように普通に授業を始めてしまった。当番の生徒が気がついて急いで消そうとしたが、なぜか先生は「いいから、いいから」とそれを制止して、何も問題無いという様子で、数式の上に重ねて英文を書き始めてしまった。
ほんの一瞬、嫌味か? と思ったが、その先生は嫌味なことをする人ではない。みんな「また先生が変なことを始めた」と思ったのだろう。クスクスと抑えた笑い声が教室のそこかしこから聞こえた。それを聞いた先生は「ん? どうしましたか?」と振り返って皆に聞き、一番前に座ってる生徒に「どうしました?」と聞いた。その返事を聞くや否や、「なに、見えにくい!? みなさん! よく見てください。このぐらいのものは、よく見れば見える!」、みんな大爆笑。「いやいやいや、みなさんっ! いいですか? 昔ヘミングウェイという人がいて、アメリカの五大湖のひとつの○×湖(小高はこの湖の名前は忘れてしまった)の岸に立って、対岸の木にとまっているカブトムシが見えたといいます。みなさん、目が良くなくちゃいけない。このぐらいのものは、よく見れば見えます!」。まだ、笑いの止まらない生徒を放ったまま、先生は数式の上に英文を書き続けた。もちろん、この奇行は話をするためのきっかけに過ぎなかったのだろう。しばらく書いた後、「やっぱり、ちょっと見えにくいですか?」と言って、自分で黒板を消して再び英文を書き直した。
この先生は他にも、「「十時半睡」はいい時代劇だ。役者が真面目だからだ」とか、「「ドラゴンボール」は孫と一緒に見てるけど、最近のは面白くない。タオーパイパイが出てた頃が一番おもしろかった」とか、時々思いもよらない話をしてみんなを楽しませひきつけて授業をした。
思い出すとちょっと懐かしいな。最近は学校の先生の不祥事がよくニュースで報道されるけど、有名でもなくて魅力的な先生というのはちゃんといる。新聞やテレビでは報道されないかもしれないけど、生徒はよく憶えてるはずだよね。