殯(もがり)の森は、今年度のカンヌ国際映画祭グランプリを獲得した映画である。日本映画であるが、フランスの映画会社が資本参加しているので、日仏合作となっている。
まず、誤解の無いように書いておくが、カンヌ国際映画祭における最高賞は、「パルム・ドール」である。今年度はルーマニアの映画が受賞した。グランプリは、審査員特別大賞という位置づけになっている。
監督の河瀬直美は、奈良出身。劇場映画デビュー作「萌の朱雀」で、1997年のカンヌ国際映画祭の新人監督賞を受賞している。故郷奈良を舞台に、自身の体験から深く掘り下げたテーマをもとにした映画を撮り続けている。
私は、河瀬監督の名前は耳にしていたが、これまで作品を見たことはなかった。今回、権威ある賞をとり、たくさんマスコミから情報が流されたので、見に行かなきゃかな、という気持ちになった。ちなみに、題名にある殯(もがり)とは、敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間、またはその場所)の意だそうだ。「喪あがり」という言葉が語源とされている。その名の通り、親しい人の死に対して生き残った人がどのようにその死を受け止めるかを描いた映画であると言える。
物語は、大きく2つに分けられる。前半の老人ホームの場面と後半の森の場面である。
舞台となるのは、民家をそのまま利用した、緑に囲まれたところにある老人ホーム。そこに入居しているしげき(うだしげき)は、軽度の認知症を患っている。そして、33年前に死んだ妻の真子のことを思い続けている。そこに新しく入ってきた介護士の真千子(尾野真千子)。彼女もまた、幼い子どもを亡くし、その傷が癒えずにいた。
前半部は、その2人に老人ホームの人々の暮らしぶりが描かれている。それはさながらドキュメンタリーのようで、とても現実味にあふれた映像になっている。その中でいくつかの出来事があって、2人は親しくなっていく。そしてある日、真千子がしげきを車に乗せて、しげきの妻の墓参りに行こうとする。ここまでが前半部。
しかし、真千子が運転する車は脱輪してしまう。真千子が助けを求めに行った際、しげきは車を抜け出してしまう。逃げるしげきに追いかける真千子。しげきは森に入り込み、いつしか2人は深い森の奥に迷い込んでいく。
この作品は、商業的なものを排した作品である。夜の場面での映像は自然光のままなのか決して明るくないし、音楽もほとんど挿入されない。登場人物のセリフさえも、うまく聞き取れなかったりする。その代わり、力を入れていると思えるのは、映像のリアリティと、眼に見えないものを映像化するということだろうか。
前半部の老人ホームは、どこにでもありそうな一幕を見事に映し出していたし、合間に挟まれる、風によって畑の緑がなびく様は、目に見えぬものをとても感じさせる光景である。後半部の舞台となる森は、その深さが神秘さを感じさせるし、中に分け入った2人の生身の姿をあぶり出してもくれる。奈良の自然が、もう一人の主人公であると言えよう。人の死を思うとき、自然や目に見えぬものを感じること、それが大事なことだ、そんなことを監督は伝えたいのだろうか、と思う。
思い切り商業的なものを排しているだけに、つまらないと思う人も多いだろう。言葉も少ないので理解しやすくはなく、観客が見ながら何かを感じ考えることも必要になると思う。後半、森に分け入ってからは、それまでと違い現実と解離した世界になっていくので、少し世界に入りにくいところもある。それでも、深い精神性をテーマにしたこの映画は、奈良の森や自然の映像と相まって、貴重なものになっていると思う。
しげき役の、うだしげきは、奈良の古書店主で、これまで河瀬監督をサポートしてきた方のようだ。演技は今回が初挑戦だった。真千子役の、尾野真千子も奈良出身。「萌の朱雀」の撮影時に、河瀬監督からスカウトされてデビューした女優である。河瀬監督は、俳優にも郷土的な体験を必要としたのだろうか。
日曜に見に行ったが、カンヌグランプリ効果か、満員だった。もっとも、東京近郊では渋谷の「シネマアンジェリカ」でしかやっていないので、そのせいもあると思う。年齢層は、若い人から年配の人まで様々だった。言葉の少ない映画なので、事前にある程度情報を集めてから見に行くことをおすすめする。